翠まう碧く悠かなる渓
<週末はリフレッシュ>
2020年4月
渓太 (18歳2ヵ月) |
悠太 (16歳8ヵ月) |
碧惟 (13歳2ヵ月) |
梓翠 (8歳3ヵ月) |
小生も初めて行くコースで、ウロウロしながらも、途中、副事務局長がキクラゲを見つけるなど、楽しく進みます。日本平パークウェイを横切ると、Trailが見当たらず、この時は事務局長が「あそこ、行けるんじゃね?」と言った場所がビンゴ(*^^)v 正副事務局長に助けられ日本平山頂に着く頃には、副事務局長は疲れ果てて涙目(>_<) よく頑張りました。丁度閉まってしまった売店の自販機でアイスクリームを買って打上です。 |
実は小生には別の目的も・・・ビールのヨコタが、修善寺に本拠地があるベアード・ブルワリー(通称:BB)、呉服町タップルームとして生まれ変わるとのこと。今日がそのOpen初日なので、是非とも美味しいIPAを頂いて帰ろうと言う訳である。 2cupsを平らげると、知った顔が・・・藤枝から蔦の細道経由で走ってきたW山ご夫婦である。正副事務局長もコーラを一杯飲んで、店を後にします。 |
無事、Goal。 実は自宅から、登り口までチャリで激走したのでした。それでも、二山越えるので、それなりに疲れますね。新東名の沿道をアップダウンする際には、「また登るのぉ?」と漏らす副事務局長)^o^( 実は、帰りに、そのチャリでもうひと山超えて、ゆらく温泉に行こうと考えていたのですが、登り坂があまりにも急なため、断念しちゃいました。 このくらいのコースならば、余裕綽々の隊長は、往復とも、副事務局長の面倒をよく見てくれて、本当に助かります&頼りになります。 |
まずは、法多山へ。 正式には尊永寺と言う厄除けで有名なお寺さんである。 木漏れ日差す新緑の中で深呼吸しながらも、花より団子なのだ(*^_^*) とは言え、石段を最上段まで登り、本殿中を見学し、別コースの石段を降りてくれば、お腹も空きます。目付久々の運動に、息が切れ気味で、正副事務局長に励まされています(笑) この法多山の駐車場、入口に近い場所から100円ずつ安くなっていくと言う、ある意味非常に分かりやすい料金システムになっている。「もう少し遠くに車を止めれば、100円安かったのにぃ!」とみんなで話したのは言うまでもない(+_+) |
塩井神社の謎に切り込むも、謎のまま終わってしまったので、旧道を進みながら、バイパスを通ってしまったらまず立ち寄らない"夜泣き石"へ。ここはstoryがハッキリしているから、謎は残らないはず。 夜泣き石の言い伝えもそこそこに、落葉広葉樹~の木漏れ日に「キレイ、キレイ」と喜びつつ、モデルよろしくポーズをとる正副事務局長。 この後、"子育て飴"の売店"小泉屋"で、あれやこれや欲しがったけれど、全て却下され、沈みがちな副事務局長でしたが、もう一ヶ所、立ち寄って帰りますよ。 |
この日最後のポイントは、"諏訪原城址"。対徳川の出城として、武田信玄、武田勝頼と受け継がれた名城である。徳川にとって代わられてからは、牧野城と呼ばれていた。 東の眼下に"越すに越されぬ大井川"を望み、本丸に来るには、金谷の坂を上ってくる必要がある。西側は今では菊川まで続く茶畑の台地があり、敵の動きが良く見える場所であったろう。 そんな諏訪原城址をグルっと一周すると、副事務局長が「通夫さん(亡くなった小生の父)に」と花を摘んでくれていた。優しいのである。 |
林道南赤石線を歩き始めた時は、事務局長とそりが合わなかったのか、不足っていた副事務局長も徐々にご機嫌になり、「頂上まだぁ?」と先頭を進みます。 ランチ後、小さくアップダウンを繰り返し、恐らく頂上の祠であろう小さな建物が見える場所で、記念撮影。正副事務局長は絶好調の反面、目付は杖を突きながら、汗を拭う姿が好対照でオモシロかった。 さて、後もう少しで大札山山頂です。どんなパノラマが待っているかな(*^^)v |
山頂には二等三角点があった。三角点は一等から五等まであり、一等が約1,000個、二等が約5,000個、三等が約30,000個あるのだそうだ。 以前、正副隊長と近隣の山を巡った時も、3人で三角点ハンターと称して、御影石を見つけに行ったことを思い出し、照れ隠しに変顔をしてごまかす小生。 この背後には、雪をかぶった南アルプスの山々が見える。事務局長も小学生低学年で、途中まで登った上河内岳もキレイに見えました。 |
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